しかし、新刊『幸せの定義とか:二つの自由とソクラテス問題』は、このクリティアスという人物に対してまったく違った評価をしています。
しかし、新刊『幸せの定義とか:二つの自由とソクラテス問題』は、このクリティアスという人物に対してまったく違った評価をしています。
なお、このチャンネルの動画では、文献学的な正確さにこだわっている書籍よりも自由な発想で議論を展開しています。
www.youtube.com/watch?v=qZBK...
なお、このチャンネルの動画では、文献学的な正確さにこだわっている書籍よりも自由な発想で議論を展開しています。
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youtu.be/osjW00Dnbk8
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あと、ヴィパッサナー瞑想は、仏教の戒律を守りながらやるものなので「あらゆる道徳のアンイストール」というのは違うんじゃないかと思います。
ハイデガーが『存在と時間』の後半で挫折したのは、世界に投げ入れられた人間が世界に対し存在を投企するのはアベコベになる、という話だったと思う。
ジジェクがネタにしてたが、鈴木大拙も「仏教的啓蒙をうけると、殺人に際し私は行為者ではなく、ナイフが宇宙的な現象の中でひとりでに踊って貴方に刺さったと考える」って論を展開してるらしい(知らんけどそうなの?)
マインドフルネス=ヴィパッサナー瞑想は、それ自体は善悪はなく、あらゆる道徳のアンインストールである。善良さは慈悲の瞑想という別プロセスで刷り込む。ビジネスマンがやってもサッパリと市場法則に準じるネオリベができるだけだろう
あと、ヴィパッサナー瞑想は、仏教の戒律を守りながらやるものなので「あらゆる道徳のアンイストール」というのは違うんじゃないかと思います。