波を揺らす嵐の存在もテレビの報道の仕方とかで感知させないようにされてるなとも思います。本当に凪に見えてるんでしょうね。
波を揺らす嵐の存在もテレビの報道の仕方とかで感知させないようにされてるなとも思います。本当に凪に見えてるんでしょうね。
私は正直なところ、その手の話が全くわからなくて…元ノートの登場人物達が批判する対象の一人でございます。
なので逆に、その社会のことを知らないのに知ってると思い込める人々の過剰な自信も目につくし、彼らの考えが役に立つものには思えないと感じるわけですが。
カルトみたいな社会の中では信者は自分達の自己責任を問うに終わって仕組みに目を向けないから。
かといって、この社会で暮らしてて歯がゆいものは歯がゆいです。
私は正直なところ、その手の話が全くわからなくて…元ノートの登場人物達が批判する対象の一人でございます。
なので逆に、その社会のことを知らないのに知ってると思い込める人々の過剰な自信も目につくし、彼らの考えが役に立つものには思えないと感じるわけですが。
カルトみたいな社会の中では信者は自分達の自己責任を問うに終わって仕組みに目を向けないから。
かといって、この社会で暮らしてて歯がゆいものは歯がゆいです。
生活全般をどうこうしても、私も医者に褒められる栄養状態かつ睡眠もバッチリだった日に全身麻痺で数時間動けなくなったことがあるし、先天的にパニック症状が子供の頃から強く出る私の友人などは自己管理能力が高くて生活もキチンとしてますがいきなり発作が来ることもあるようです。
自分の場合は症状が毎朝とかになってたから、自然にパターンを見つけていけました。でも自分が音に左右されてると知ったのは偶然からでした。
顔まで隠すUVパーカーが初期段階の症状が出ても二酸化炭素不足を簡単に防いでくれて手軽でした。
生活全般をどうこうしても、私も医者に褒められる栄養状態かつ睡眠もバッチリだった日に全身麻痺で数時間動けなくなったことがあるし、先天的にパニック症状が子供の頃から強く出る私の友人などは自己管理能力が高くて生活もキチンとしてますがいきなり発作が来ることもあるようです。
自分の場合は症状が毎朝とかになってたから、自然にパターンを見つけていけました。でも自分が音に左右されてると知ったのは偶然からでした。
顔まで隠すUVパーカーが初期段階の症状が出ても二酸化炭素不足を簡単に防いでくれて手軽でした。
過呼吸はトリガーがわからないとやり辛いですよね。以下、私の場合の対処ですが、もし参考になれば…
●服や持物の要因
・重たい物
・締め付ける服や鞄紐
➾対処
・本や弁当等を持たない
・ゆる系コートしか着ない
・首側に紐が来る鞄は却下
●疲労時:視覚の要因
・人混み
●疲労時:聴覚の要因
・高音、低音
➾対処
・長ツバの帽子やフード着用
・イヤホンの使い分け
通勤電車対策
・可能な限り壁側へ寄る
・兆候が出たらしゃがむ
・UV服の活用
・キャリーバッグ通勤
過呼吸はトリガーがわからないとやり辛いですよね。以下、私の場合の対処ですが、もし参考になれば…
●服や持物の要因
・重たい物
・締め付ける服や鞄紐
➾対処
・本や弁当等を持たない
・ゆる系コートしか着ない
・首側に紐が来る鞄は却下
●疲労時:視覚の要因
・人混み
●疲労時:聴覚の要因
・高音、低音
➾対処
・長ツバの帽子やフード着用
・イヤホンの使い分け
通勤電車対策
・可能な限り壁側へ寄る
・兆候が出たらしゃがむ
・UV服の活用
・キャリーバッグ通勤
しかし我々の幼稚さ、弱さ、動けなさを叱責して、そこで話を終えても結局のところ、また我々はただ自己責任の話をするだけで終わってしまうと私は思う。
私達は自己責任を問うように教育されている。
モラルや誠実さを持つ人であればあるほど、社会と政治、まして縦社会の上にいる権力の強い人々の責任から話が遠ざかるよう、意識が作られている。それはそれはもう強く、そう作られている。
だから叱責のような言葉はこの社会では効力を持たない。
でも、どうやったら我々は忠義と滅私奉公の世界観から理性と議論の世界観に行けるのだろう。
しかし我々の幼稚さ、弱さ、動けなさを叱責して、そこで話を終えても結局のところ、また我々はただ自己責任の話をするだけで終わってしまうと私は思う。
私達は自己責任を問うように教育されている。
モラルや誠実さを持つ人であればあるほど、社会と政治、まして縦社会の上にいる権力の強い人々の責任から話が遠ざかるよう、意識が作られている。それはそれはもう強く、そう作られている。
だから叱責のような言葉はこの社会では効力を持たない。
でも、どうやったら我々は忠義と滅私奉公の世界観から理性と議論の世界観に行けるのだろう。
思いやりや理性がカルトを守る。
戦争反対という言葉が怪しい近付きたくないものに見える理由は、平穏な秩序たるこの社会の長に盾突くデモの言葉だから。
我々の社会は凪なのに、わざと荒波をたてる人々がいる。
そのように見えているから。
RPのはてな記事の氷河期世代の話だって同じ。彼らには秩序に盾突く発想はなかった。それより目の前の出来ることを。
なんなら選挙すら行かなかった人々の多さよ。彼らは社会のことを長達に託してきた。というか、秩序は当たり前にあるものだと思って、自分が積極的に関わってどうこうするものだなどと、全く思ってもいなかったのではないか。
思いやりや理性がカルトを守る。
戦争反対という言葉が怪しい近付きたくないものに見える理由は、平穏な秩序たるこの社会の長に盾突くデモの言葉だから。
我々の社会は凪なのに、わざと荒波をたてる人々がいる。
そのように見えているから。
RPのはてな記事の氷河期世代の話だって同じ。彼らには秩序に盾突く発想はなかった。それより目の前の出来ることを。
なんなら選挙すら行かなかった人々の多さよ。彼らは社会のことを長達に託してきた。というか、秩序は当たり前にあるものだと思って、自分が積極的に関わってどうこうするものだなどと、全く思ってもいなかったのではないか。
相手を責める時すら「私にも悪いところはあったが」から始めて自分も完璧ではないことを表名するのが普通。
苦しい立場にあっても助け合うことが当たり前とされるがために、上の責任を問い詰めない。出来ることをする。皆頑張っている。しかし、それがゆえに上の反省は行われない。
組織で動かなくては立ち行かないはずのことなのに、組織を動かさなくて良い理由をモラルの名のもとに下の人々が上の人々のために作り上げていく。上も頑張っているのだ。皆頑張っているのだから彼らの不完全を責めてはいけない。
相手を責める時すら「私にも悪いところはあったが」から始めて自分も完璧ではないことを表名するのが普通。
苦しい立場にあっても助け合うことが当たり前とされるがために、上の責任を問い詰めない。出来ることをする。皆頑張っている。しかし、それがゆえに上の反省は行われない。
組織で動かなくては立ち行かないはずのことなのに、組織を動かさなくて良い理由をモラルの名のもとに下の人々が上の人々のために作り上げていく。上も頑張っているのだ。皆頑張っているのだから彼らの不完全を責めてはいけない。
秩序が序列と組み合わさって融合している。序列の下にいる者ほど忠義と滅私奉公が当然とされる。そんな社会を成り立たせるための仕組みが個々人の心理にまで仕掛けられている。
私自身、ガッチリこのカルトの住人で、それ以外の振る舞いを知らない。
自分の住む国・地域がカルトのような造りになっていると気づいたのは本物のカルト宗教団体を経験した人々の話をPodcastやエッセイを通して知ってからだ。
逆にだから、我々の幼稚さ、弱さ、動けなさを自分も自覚はしつつも、それを非難する、叱責する言い方にも違和感を拭えない。
秩序が序列と組み合わさって融合している。序列の下にいる者ほど忠義と滅私奉公が当然とされる。そんな社会を成り立たせるための仕組みが個々人の心理にまで仕掛けられている。
私自身、ガッチリこのカルトの住人で、それ以外の振る舞いを知らない。
自分の住む国・地域がカルトのような造りになっていると気づいたのは本物のカルト宗教団体を経験した人々の話をPodcastやエッセイを通して知ってからだ。
逆にだから、我々の幼稚さ、弱さ、動けなさを自分も自覚はしつつも、それを非難する、叱責する言い方にも違和感を拭えない。
戦争反対という言葉を言うことが暴力的にうつるという人々が実際にいる。
どうも多分、秩序を疑い、秩序の長達に反対する言葉と活動のことを暴力的に感じているらしい。
秩序の海は凪である。
わざと嵐を呼ぼうとするような荒波を立てる人々の行動は「暴力」になるのだ。
秩序は絶対。不満は裏で愚痴をいって解消するだけ。それが大人で正しい現実的な在り方。
我々ってなんてカルトっぽいんだろう。
戦争反対という言葉を言うことが暴力的にうつるという人々が実際にいる。
どうも多分、秩序を疑い、秩序の長達に反対する言葉と活動のことを暴力的に感じているらしい。
秩序の海は凪である。
わざと嵐を呼ぼうとするような荒波を立てる人々の行動は「暴力」になるのだ。
秩序は絶対。不満は裏で愚痴をいって解消するだけ。それが大人で正しい現実的な在り方。
我々ってなんてカルトっぽいんだろう。