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小説「ほころび」(早稲田文学 増刊「家族」)、「トランジット」(すばる2023年8月号)

『エトセトラ』Vol.8 特集「アイドル、労働、リップ」(和田彩花と共同で特集編集)
ングのひとつの到達点である「FACES PLACES」をジェミンが好きというのは、とても納得のいく設定で感心するし、歌自体はオフだったけど、ジェミンが노래방で歌っていたのは「a picture on my mind」だったのではないかなとかglobe妄想がふくらむ。

www.youtube.com/watch?v=W5cZ...

(この曲は、サイン波っぽい音質のキーボードの旋律の導入と、そのリフが本当にすばらしくて、孤独感を模るように効いているように、このタイトルアルバムのすべてにおいても、小室哲哉の鍵盤がいかに感情のムードをとらえ、人に訴えかけてくるかということを感じ入る……)
globe / FACES PLACES
YouTube video by globe
www.youtube.com
June 25, 2026 at 11:35 AM
化されてトランスフェミニンな人々と「同一視」される誤解など、さまざまな影響も想定されてなどいないのだろうな😥

さておき。

ジェミンが(その理由が何かとは作中で結局は明示はされず)叫ぶシーンはとてもよかったのだけど、そのムードは、globeの曲(を頂点に小室哲哉が女性ボーカルのために書いた歌)がサビで叫ぶようにすさまじい高音域に到達する(「ストレス解消」という巧妙なマーケティング意識も関わっていただろう)作品構造と通じると思うし、日本とは異なる鬱屈を、IMF通貨危機を経た韓国の壮絶な学歴社会に生きる2001年の高校生であるジェミンの心情にも巣食っていただろうし、それらからも、小室哲哉高音域ソ
June 25, 2026 at 11:31 AM
ィング的にも小室哲哉の、globeのリスナーにはそういった人々は想定されてもいなかっただろうと思うが、こうして、わたしのようなトランス・フェミニンなgender-queerに近い者の人生の真ん中に「FACES PLACES」の思春期のアイデンティティ形成時に存在したこと、今もたまに聴きかえすくらいにあることにこの映画は届いてはいるよなあと、「うまくなさ」につまずきながらも、感慨深くなっているのであった
……
と思ったものの、やはり、ハリスへの言及がありながらも、SNSを通してうかがえる日本でのこの映画の受容のされかたや宣伝においては、トランスフェミニンは眼中にないし、シスジェンダーのゲイが代表
June 25, 2026 at 11:29 AM
ス/ヘテロにとって納得のいく/感情移入が可能な内容でのBLや百合の枠組みでなければ商業映画で企画が通らない)、まったく観客として想定されていないシスジェンダーの同性愛である人々(バイセクシュアルや、外面的にはそう受け取られるパンセクシュアルも含め)や、ジェンダー規範においてはゲイの象徴化に大きな影響を受け、ときにアイデンティティの形成で「ゲイ」や「バイ」を経由するトランスフェミニンの人々にとって描かれてこなかった貴重な物語であると思うのだった。新宿二丁目のような都市部の「ゲイ・コミュニティ」や、他地域の数少ないゲイバーやニューハーフパブなどに集う人々のなかで共有はされていただろうけど、マーケテ
June 25, 2026 at 11:28 AM
うか、娘。の曲もだけど、音楽使いと編集がうまくいっていないと感じられてそこまで響かなかったのだけど、わたしが唯一「付き合った」男は同級生で、その数年間この曲の歌詞どおり「明日につながるように/うまく酔わせて/どこかに泊まるのと/街をさまようのと/どっちが悪いなんて/誰が決めるの」という生き方をし、カラオケで歌う人だったので、かれのその姿が叫ぶジェミンに重なった瞬間に涙腺が緩んだ。
それで思うのは、この映画が、既存の日/韓の映画産業において、つまりそれはシスヘテロを中心とする産業がいまだに強固な構造において、さらにつまり観客はシス/ヘテロが前提とされるストーリーテリングや企画がなされるなかで(シ
June 25, 2026 at 11:28 AM
なお、わたしは2020年ごろに一度無償でネトフリジャパンから、性的マイノリティの表象に関わる宣伝でヒアリングを受け、その際に、当時の時点で「アジア圏でのDEI部門を作る案が出ている」という話を聞きました。
しかし以後、アジアはもちろん、日本でそういった部門が作られたかとか、非常勤でもそういった(十分な教育や実践を積み重ねている識者の)(できれば多様な立場の複数の)コンサルを採用しているといった話は出てないですよね?
February 27, 2026 at 8:56 AM
とどまらない継続的な機会創出を検討しているのか

これらの点が見えてきません。
もしこれらに取り組んできた/いるのなら、積極的に公表するのが良いんじゃなかと思います。
なぜなら、「トランスの物語」を扱うことは、単なる題材選択ではなく、社会的責任を伴う時期にまだまだあるからです。
キャラクターとしての「可視化」だけを前面に出し、社会で就労や訓練(就学)といった点での可視性は検討していない、構造を変える課題があるという点について語らないのであれば、それは表象として、マジョリティの社会からの消費にとどまります。
それを欺瞞的ではないかと思います。
February 27, 2026 at 8:56 AM
取り組んだ自分の実践も、メディア産業内でこのテーマにおいて取り組んできた、他のトランスである人たちやそのコミュニティにいる人たちの実践も、軽く扱われたように感じてしまいます。
だから昨夜の投稿には、感情的な面が強調されていたと思います。

Netflix Japanは、トランスをテーマにした作品を配信し、そのオーディション(が公開で行われたかどうかは不明)にはトランスである人も参加したといいます。
ですが、

・業界内でトランスの人材育成や雇用拡大に取り組んでいるのか
・制作決定層やコンサルタントにトランスである人々や、最低でも、そういった知識を有する識者をアサインしているのか
・単発の出演に
February 27, 2026 at 8:55 AM
想像します。
だけど、その形式がどんな社会的効果を持ったのか? ということをはるなさん個人にも考え直してほしいですし(はるなさんがそうだったということではなく、ニューハーフ業界では「自分を女などと思うな」と若い世代に言うような傾向は、割とあった/今もあると思います)、現在もこうした偏見を助長する表現を再生産している、巨大プラットフォーム側の責任は問われて当然だと思います。
そういう点から批評や検証は重要だと思います。

- - -

②で言及したように、蓄積や運動の歴史を無視したまま「ポジティブな意味がある」とだけ言われると、②に影響を受けながら、自分にとっても切実な問題として、書き手として
February 27, 2026 at 8:54 AM
「オネエ」の名乗りは理解できる。メディア上で、声を低く出したり、男性名を繰り返したり、自分を「男」と呼んだりするのも、自発的というより産業や、その産業を消費する一般からの要求に応えているのかもしれません。
特に、1990年代〜2000年代は、トランスという言葉もほとんど知られておらず、トランスの人たちへの就労や就学の困難なども、(今も全然足りてないけど)ほとんど一般に共有される機会がなかったと思います。

そんななか、「ニューハーフ」として水商売に従事し、そこから、当時ブームだった「オネエ」という枠組みに乗って、テレビを中心としたメディア産業内であの形式でしか居場所を持てなかった、厳しい現実も
February 27, 2026 at 8:51 AM
の歴史の延長線上にあります。
このスローガンは、そういった背景から出てきた、運動の言葉です。
そうした議論や、現在の「望ましさ」は、アメリカから大きな影響を受けながら、しかし異なる歴史を歩んできた日本ではなかなかインストールが難しいし、追いつけない、という論点はあると思います。
ただ、このスローガンを持ってきておいて、その背景も考慮せず、「詮索はよくない」「推測は軽率」といった一般論で包んでしまうと、この歴史や運動や議論を都合よくつまみ食いしているだけ、表層的に利用しているだけなんじゃないかと思います。

③ 個人と構造はわけて考えたい

はるな愛さん個人の生存戦略としての、「ニューハーフ」や
February 27, 2026 at 8:51 AM
人々の出生時に割り当てられた性別を暴露してよい情報として一般に植え付けてきた面があります。
そういった「ギャップのネタ化」という演出や表現に影響を受けて傷ついた人は少なくないと思います。
これは道徳の話ではなく、社会環境の話です。

② 「トランスジェンダーの役柄はトランスである俳優に」は文脈を持つスローガン

アメリカの映画・テレビドラマなどのメディア産業内では雇用機会の欠如、シスジェンダー俳優による役の独占、そもそもトランスの物語が少ない、制作決定層や創作の中心にいるプロデューサー、作家、演出家などにトランスである人々がほとんどいない現実があり、それは、人種主義や植民地主義などの差別や暴力
February 27, 2026 at 8:49 AM
「カミングアウトを強制してはいけない」とか「GIを推測してはいけない」は一般論ではもちろんそうだけど、「トランスジェンダーである」と名乗らないと社会構造や一般意識を変えられなかった歴史や、名乗ろうが名乗らまいが、「そうだ」と認識され、暴力や虐待を受けたり、家や地域コミュニティにいられなくなったり、教育を受けられなかったり、お金を稼ぐのがたいへんだったり、そういうシスジェンダーを当たり前とする眼差しや社会構造や制度に苦しんできた人たちがいた/いることの延長線上に「トランスである役柄はトランスである俳優に」というスローガンがあることを考慮せず、「強制はだめ」「推測は軽率」と言うのは、都合よすぎる。
February 26, 2026 at 5:45 PM
結局、日本の芸能界の文脈、シスジェンダー規範が強固でほとんど疑いもしないメディア産業の流儀でやっていくというなら、トランスなんて言葉は使わず、ニューハーフで、オカマで、オネエでええやろって思ってしまう。
はるな愛さんがいたニューハーフ業界なんて、今でもオカマ、オネエでやってる人なんてわんさかいるんだし、中途半端に「人権に目配せ」みたいな態度に見えてならない。
February 26, 2026 at 5:25 PM
にも自分のやってきたことを軽視されていると感じたし、自分だけでなく産業内/境界で、こういった問題に取り組んできた、トランスである人たちの実践に関心を寄せてもこなかったのに、いきなり背中から撃ってくる感じがしています。
February 26, 2026 at 5:23 PM
きました。
もちろん、「他者のジェンダーを詮索する」とか「カミングアウトを強制する」ということは問題だと思う。
しかし、表象をめぐる社会へのネガティブなものを中心とする影響は軽視できず、また産業内での労働機会の欠如や待遇の不均衡といった問題は、その産業だけの問題ではなく、社会全体の問題とも通じるはず。その差別に関わる諸問題と通じるスローガンであるはずの「トランスの役柄はトランスである俳優に」に象徴される運動や実践と社会背景を無視して、そのスローガンに関わる話題を無視し、「良いこと」としてのみ取り上げるのはずるいと思うし、欺瞞的と感じてしまう。
だったら「オネエ」で何が悪いのか?
さらに、個人的
February 26, 2026 at 5:22 PM
大きな社会での運動の実践や歴史を無視し、日本と比較すらせず、
〈はるな愛、中村中、望月春希などといった存在のジェンダーについて細かく考えていくことはしないし、本人たちがとくに公表していない部分をことさら知る必要もない〉
〈ポジティブに描く本作は、大きな意味がある〉
と書くのは、ひどいなと思いました。
realsound.jp/movie/2026/0...

わたしはこのテーマについて、キネマ旬報、早稲田大学演劇博物館での企画展「Inside/Out ─映像文化とLGBTQ+」の図録、ウェブメディアなどで何度か「トランスの役柄はトランスである俳優に」というテーマで書いてきたし、SNSでも書いて
『This is I』が映し出す現実社会の姿 はるな愛映画化の“分かりやす過ぎる”真摯なアプローチ
はるな愛の実話を基にしたNetflix映画『This is I』は、口パクで表現する本作独自の「エア・ミュージカル」形式で、彼女の半生と、日本で性別適合手術を手がけた医師・和田耕治の功績を描いている。そんな本作の内容を振り返りながら、その特異な部分と、新たに切り拓いたものが何だったのか、そして、本作の…
realsound.jp
February 26, 2026 at 5:17 PM
めっちゃおもしろいwww
December 4, 2025 at 5:16 PM
どこにお金が使われてるんですかね……
October 29, 2025 at 2:10 PM