一念が大事。
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一念が大事。
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🇷🇴
末法の教主・御本仏・日蓮大聖人の御金言。

創価学会初代会長・牧口先生・2代目会長・戸田先生・3代目会長・池田先生の御指導。

(副教学部長・河合師範御指導/辻副会長御指導)
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[BOT] 命掛けで祈り体験を得た人は
確信になり題目の力を疑う事はありません。

本当に題目の力は凄いです。

「絶対にこうなる!こうする!」と題目を上げると本当に願いは叶います。
池田先生
[BOT] 📖「大願を立てん日本国の位をゆづらむ、法華経をすてて観経等について後生をごせよ、父母の頚を刎ん念仏申さずば、なんどの種種の大難・出来すとも智者に我義やぶられずば用いじとなり、其の外の大難・風の前の塵なるべし、我日本の柱とならむ我日本の眼目とならむ我日本の大船とならむ等とちかいし願やぶるべからず」(0232:03)
「日本国の位を譲ろう」との誘惑があろうとも「父母の頸を刎ねる」との脅迫があろうとも、そうした大難には絶対に屈することはない。どんなに身命におよぶような大難であっても、風の前の塵のように吹き払っていく事ができるとの御断言です。
September 27, 2026 at 12:08 PM
[BOT] 大事なことは諸天善神も悪鬼神も、自身の生命に根ざした働きであり、両者は表裏一体の関係にあるということです。
『元品の法性は梵天・帝釈と顕れ、元品の無明は第六天の魔王と顕れたり』📖997㌻
と仰せの通りです。
不信によって、生命が元品の無明に覆われてしまえば、自分を取り巻く環境が悪鬼神の働きとなって現われてしまう。
それを、打ち破っていけるのが信心の利剣です。
September 27, 2026 at 11:08 AM
[BOT] 前向きに、強気に、過去のことは反省しないこと。反省してもどうせまたやるんだから。
生命が変わらないとまたやるから。決意すればよい。
これから良くなればいい。後ろ向き運転は事故の元。
過去のことは振り返らないこと。良くなればいい。過去のことが活きてくるから。振り返っても落ち込むだけ。
いつも前向き、強気でいい。先生は「タッチの差だ」と言われている。
September 27, 2026 at 11:00 AM
[BOT] 仏法は間断なき仏と魔との戦いです。
魔は誰の生命にも潜んでいます。

油断が生じ惰性に陥ると、たちまち魔が動き出し身を破っていきます。

魔はいつもこちらの隙を伺っているからです。
少しでも油断があれば、その隙間から魔は侵入する。

絶えず前進していく信心によってしか魔を破る事はできない。
September 27, 2026 at 11:00 AM
[BOT] 妙法への信を貫き、広宣流布という師弟の大願に生き抜くならば、その瞬間瞬間の生命に如々として仏界が現れ、周囲は諸天善神の働きとなって動き始めていきます。断固として守られるのです。
いわば、”仏の入其身”であり「内薫外護※」です。
どこまでも諸天の守護は、自身の「信心の厚薄」によって決まります。だからこそ、魔は魔と鋭く見破って打ち払い、決定した題目で諸天を揺り動かしていくのです。
※ 一切衆生の生命に内在する仏性が妙法の信によって、香りが染みわたるように顕現していくことを内薫といい、この内薫に呼応して外からその生命を護り助ける働きが起こることを外護という。
 
September 27, 2026 at 10:23 AM
[BOT] 「各々、天の御計らいとおぼすべし」(伯耆殿並諸人御書、新1936㌻)これこそ、私たちが肝に命じておくべき御金言です。例え事態が思い通りにいかなくとも、御書には、全て「天の御計らい」1107㌻「十羅刹女の御計らい」「釈迦仏の御計らい」1164㌻と受け止めていく事を教えられています。戸田先生の事業が破綻した折も先生と私は、まさしく諸天の「御計らい」と定めて、烈風に向かったのです諸天の加護は絶対です。その時その時の結果は仮に自分が望んだものとかけ離れていたとしても、最終的に『あれは守られていたのだ。全部、深い意味があったのだ』と感謝できる勝利の結果になります。
September 27, 2026 at 9:18 AM
[BOT] 「法が妙であるゆえに、その法を受持する人が貴い。人が貴いがゆえに、その人がいる所も尊い」1578㌻
お金持ちだから偉いのではない。社会的地位があるから偉いのでもない。そうではなく、本当に尊貴なのは、最高の法を持った人なのである。そして、その尊貴な人がいる場所が、そのまま「本有常住の常寂光土」なのである。
大聖人は、こうも仰せである。
「持たれる法さえ第一ならば、持つ人もまた第一なのである」456㌻
と。妙法を持った皆さまが、第一に尊い方々である。ゆえに、皆さまをいじめれば、厳しい仏罰を受ける事は、御書に示されている通りである。
September 27, 2026 at 8:23 AM
[BOT] 法華経の行者を守護する十羅刹女が、私たちの信心を試す事がある――これは、重要な原理です。諸天の守護といっても、何か漠然と加護を待つという事ではありません。『必ず心の固きに仮りて神の守り則ち強し』1220㌻です。病気や宿命などの困難に直面した時に強盛な信心で立ち上がる事で、諸天善神の守護の働きがさらに強くなるのです。日蓮仏法は、どこまでも自身の強盛な信仰心を根本に、わが生命力を湧きたたせ、自らの意志と努力で断固として逆境を打開していく現実変革の宗教です。一切は「信心」で決まる。信心が後退してしまうのか、一歩も引かずに前進するのか。不退の信心を貫けるか、私達の覚悟を試されているのです。
September 27, 2026 at 7:13 AM
[BOT] 「所詮臨終只今」ということは、只今に全生命をかけていくということにほかならない。日々を懸命に生きていく、広宣流布に、一生成仏に、わが生命を燃焼させながら、戦い抜いていくということであります。
一人の人に仏法対話をしていくにも、今を逃したら、いつまたじっくり話せるか分からない。また、この人の宿命転換は今しかない、と真剣に接していくならば、その人生は、すでに臨終只今の精神に通じているのではないでしょうか。
御本尊への唱題にあっても、教学を学ぶにしても、激励の手紙を書くにしても、一瞬一瞬、真剣に取り組んでいくことが何より大切なのです。思うに一生といっても、現在の一瞬の積み重ねであります。
September 27, 2026 at 6:23 AM
[BOT] 二十三歳の二月、事業の危機を打開する為に奔走する中で、私は日記に記しました。「業因、業果、善因善果、この理法は、誰よりも悉く自己自身が知悉しているものだ。所詮、誰人を責めるものでもない。誰人の責任でもない」
透徹した仏法の因果律に照らすならば、運命は嘆き悲しむものではない。決然と立ち向かうものである。否、断固として創り変えていくものである。
我が師・戸田先生は、師子王でありました。故に、その弟子である私も、一切の悲哀や感傷を打ち破りました。私の胸奥には、広布の師匠の為に命を捧げて戦う随喜が燃え滾っていた。この師弟不二の烈々たる一念を因として、正義の反転攻勢の渦を巻き起こしてい...
September 27, 2026 at 6:00 AM
[BOT] 🏔️🏔️🌋⛰️⛰️🏔️🌋⛰️⛰️🌋🏔️
September 27, 2026 at 6:00 AM
[BOT] あえて(内外の)謗法を「責めいだす」という強い戦いこそが、宿命転換の直道です。
そのためには「勇気」が必要です。反対に、臆病に囚われた弱い戦いでは、生死の苦悩を転換することはできません。
September 27, 2026 at 6:00 AM
[BOT] 📖「我が一念を指して妙法蓮華経と名くるぞと深く信心を発すべきなり」(383㌻)と仰せの様に、妙法蓮華経への深く信の「一念」に、仏界の生命が顕現するのです。
「妙法」に「わが生命」を合致させゆく為の唱題です。ゆえに祈りとは、自身の一念における、法性と無明との熾烈な闘争です。この戦いに勝ち〝自分の生命が妙法の当体である〟と確信しきる事が「成仏の直道」であるとの御断言なのです。
即ち、無明に覆われて気づかなかった妙法と一体の本来の自己に目覚める戦いです。ですから「苦楽ともに思い合せて」(1143㌻)、迷いの自分に克ちゆく唱題を重ねる事が最も大切なのです。
September 27, 2026 at 6:00 AM
[BOT] 信心は心眼を開くのです。
困難が大きければ、それだけ、乗り越えた歓喜も大きい。

日蓮大聖人は
📖「大難来りなば強盛の信心弥弥いよいよ悦びをなすべし」と仰せです。
悩みがあるほど、いよいよ喜び勇んで進んでいく。それが、学会精神です。

「一心の妙用」とあるように、一念の力は不思議です。
一念の力は無限です。
信心の強き一念は、世界のいかなるものよりも優れた最高の力です。周りの人にも歓喜を分け与えていける。

一念の力は、全世界🌏、全宇宙🌌よりも大きい。
それが我が生命に厳然とそなわっているのです。
September 27, 2026 at 5:20 AM
[BOT] 【己心の魔】
建設は死闘。破壊は一瞬である。悪が盛んになれば、善が滅びる。
不惜身命で悪と戦う勇者がいる限り、善は守られる。
しかし、もしその精神が失われれば、崩壊はすぐに始まってしまう。
このことを、よくよく心に留めていただきたい。【謗法】
September 27, 2026 at 5:20 AM
[BOT] “月々日々に強くまた強く”、自身の弱さや臆病と戦い
徹して邪悪を、また極悪を責め続けるのだ。

逡巡も、甘えも、油断も、感傷も、一切を排して、完全勝利をめざす真剣勝負の中でこそ
自己自身を磨き鍛えることができるのだ。
September 27, 2026 at 5:20 AM
[BOT] 今日(きょう)を充実させられない人に、明日の開花はありません。瞬間を大切にできない人がいくら百年の大計を口にしても、絵にかいた餅にすぎない。過去の因も未来の果も、現在の一瞬の諸法実相に凝縮されているのであり、その一瞬の転換が過去久遠よりの罪障の消滅も、未来に続きゆくであろう永劫の福運も決定していくものです。

そのカギが「臨終只今」の信心を確立するかいなかにあるのだという、宿命転換の原理を教えられている御文と拝します。
September 27, 2026 at 5:13 AM
[BOT] 支部長が腹をたてようと、地区部長がむくれようと、ご本尊様がお喜びになれば、それでいい。それを、さも自分の地区の名誉だとか、あるいは地区部長が偉いとか、そんなことは問題ではありません。そんなことを威張っても、ご本尊様はおほめになりません。

最後までわれわれの頭にあるのは、ご本尊様、ご本尊様がお喜びくださった。きょうはたったひとりのおばあさんと話し合ってみる。あのおばあさんが喜んで帰った、ああよかったな、こういうことになる。それでいい。
September 27, 2026 at 4:13 AM
[BOT] 📖日蓮こいしく・をはせば常に出ずる日ゆうべに・いづる月ををがませ給え、いつとなく日月にかげをうかぶる身なり

日蓮を恋しく思われたなら、常に太陽、夕べに出る月を拝まれるがよい。(日蓮は)いつであっても、太陽や月に影を浮かべる身なのです。

“たとえ直接、会えなくても、私はいつも、あなたのそばにいますよ”
“太陽☀️や月🌕に姿を浮かべて必ず見守っていますよ”
“永遠に一緒ですよ”
――これが御本仏の御心である。仏法の真髄である。
September 27, 2026 at 3:23 AM
[BOT] 一念がきちんと御本尊に向いているかどうか
それが肝心

絶対信心で解決しようという強い決意と、具体的な目標を決めて一念を定めて祈る事を『祈る』と言う
だから叶う

×目標が曖昧な惰性の祈り
×どうしようか…と方法論を考えてるのは迷いの唱題
×だめだろうなぁと思ってるのは不信の唱題
September 27, 2026 at 2:23 AM
[BOT] 勇気を奮い起こし、疲れたら再び奮い起こして戦い続ける中に、仏界が涌現してくるのです。仏界の力でなければ強敵に勝利する事はできない。
不惜身命でなければ、民衆を守る事はできない。「身命をすてて強敵の科を顕せ」の一文を心に刻みたい。魔と闘い、強敵の科を責め出さなければ真の勝利は断じて無い。師子王が動く事で魔は退散する。仏法を守るべき時には、猛然と魔軍を駆り出していかなければならない。油断は絶対に禁物です。どんな敵も全力で戦う。それでこそ師子です。真剣勝負ゆえに、師子王は、周囲が“ここまで”と思うぐらいに一つ一つに全魂を込めて取り組むのです。“守り”でなく、“攻め”です。
September 27, 2026 at 2:00 AM
[BOT] 人間、誰かにだまされる。学者にだまされるか、政治家にだまされるか、世間にだまされるか、結局は、誰かにだまされるのだ。
私は日蓮大聖人様にだまされる。仏様にだまされるなら本望じゃないか。いな、仏すなわち大聖人は絶対にだまさない。
安心して大聖人に南無していきましょう。
これが戸田の大精神です。
September 27, 2026 at 1:13 AM
[BOT] 日々、御本尊に自身の健康を祈り、楽しき一日一日、朗らかな一日一日を生きていただきたい。恥知らず、恩知らずの先輩たちが、たまにいるけれども、こんな連中は相手にしないで、「ああ、またバカなことやってる」と、悠々と見下ろしていっていただきたい。

濁りきった命は変わりようがないから。御本尊が、すべてを厳然と裁きます。御書に仰せのように、末法は悪人が集まった世界であり、ヤキモチ焼きの世界で、いつも善人がいじめられる。 ゆえに「しょうがない」と笑い飛ばして、楽しく、晴れ晴れと生きたほうが得である。そのように聡明な「知恵」を輝かせていくのがまた「創価ルネサンス・栄光の年」であろう。
September 27, 2026 at 12:28 AM
[BOT] 「絶対的幸福というのは、どこにいても、生きがいを感ずる境涯、どこにいても、生きている自体が楽しい、そういう境涯があるのですーー腹の立つことがあっても、愉快に腹がたつ、そういう境涯ができたら、うれしくありませんか」
(戸田先生)
これが本当の「九界即仏界」です。腹が立つのは修羅界。愉快なのは仏界。また仏界即九界で、仏界を得たといっても、永遠に悩みはある。
さあ、ここで大事なのは「自覚」です。「十界本有」であるから、十界のいずこにいようとも、久遠の妙法を信じれば、直ちに仏界が湧く。「信心」の自覚を忘れなければ、たとえ修羅の世界にいようとも、そこは寂光土です。
September 26, 2026 at 11:38 PM
[BOT] 月々日々に――池田先生の折々の言葉

『全てに喜びを見いだしていくのだ。
自分が喜べば、周囲もさわやかになる。
笑顔が広がり、価値が生まれる。』
September 26, 2026 at 10:13 PM