大都市からの歓迎を受け8月29日レイクハースト基地に到着しました。
8月7日から20日ほどで世界一周し無事帰還となりました。
世界一周飛行はこのようにして成功をおさめました。
ドイツに帰還したLZ127とエッケナーは国の英雄として迎えられました。
大都市からの歓迎を受け8月29日レイクハースト基地に到着しました。
8月7日から20日ほどで世界一周し無事帰還となりました。
世界一周飛行はこのようにして成功をおさめました。
ドイツに帰還したLZ127とエッケナーは国の英雄として迎えられました。
国内流通量が少ないみたいで再販がかかってもすぐなくなります。
ホーク LZ127 これが一番大きなモデルで1m弱ありますが・・・。
マーク1モデル LZ127 小ぶりなキットですが最新キットです。
amt アクロン/メイコン 米国最大の硬式飛行船です。
マーク1モデルは一次大戦のツエッペリンの数種発売しています。
amtとレベルからはLZ129、タコムからも一次大戦の飛行船が発売されております。飛行船のプラモデルって正直なところ手応えの足らないプラモデルが多いんですよネ。
国内流通量が少ないみたいで再販がかかってもすぐなくなります。
ホーク LZ127 これが一番大きなモデルで1m弱ありますが・・・。
マーク1モデル LZ127 小ぶりなキットですが最新キットです。
amt アクロン/メイコン 米国最大の硬式飛行船です。
マーク1モデルは一次大戦のツエッペリンの数種発売しています。
amtとレベルからはLZ129、タコムからも一次大戦の飛行船が発売されております。飛行船のプラモデルって正直なところ手応えの足らないプラモデルが多いんですよネ。
外板の支持体もだいぶ埋まってきたので左右安定板の工作もはじめます。
基本となるフレームを作り現物合わせでサイズを決めました。
浮かせて作ったのでちょっと厄介でした。
昭和4年8月15日LZ127は日本の新聞社特派員2名を乗せシベリア~日本に向けて出航しました。道中の飛行は日本の新聞社に伝えられ連日新聞に記事が載せられたそうです。また霞ヶ浦ではドイツの技術者が訪れLZ127の補給、整備を指導して準備をしていたそうです。技術大国ドイツから来日する方々に粗相があってはならないと入念に準備されたようです。
外板の支持体もだいぶ埋まってきたので左右安定板の工作もはじめます。
基本となるフレームを作り現物合わせでサイズを決めました。
浮かせて作ったのでちょっと厄介でした。
昭和4年8月15日LZ127は日本の新聞社特派員2名を乗せシベリア~日本に向けて出航しました。道中の飛行は日本の新聞社に伝えられ連日新聞に記事が載せられたそうです。また霞ヶ浦ではドイツの技術者が訪れLZ127の補給、整備を指導して準備をしていたそうです。技術大国ドイツから来日する方々に粗相があってはならないと入念に準備されたようです。
縦方向のトラスをどんどん組んで漸く船尾まで来ました。
安定板は乗っけてあるだけですが、ちょうどよい感じです。
ツエッペリン社初期の主なスポンサーはドイツ軍でしたが、独自で収入を得る手段として民間の飛行船運航会社を子会社として設立しました。それがDELAGです。DELAGの創設メンバーの一人フーゴーエッケナーはLZ8の船長を務め後にLZ127の船長も務める優秀な技術者でありました。飛行船の操舵は気象に大きく左右されることが多く経験豊富なエッケナーが船長を務めることによってLZ127は多くの記録を残すことになります。
縦方向のトラスをどんどん組んで漸く船尾まで来ました。
安定板は乗っけてあるだけですが、ちょうどよい感じです。
ツエッペリン社初期の主なスポンサーはドイツ軍でしたが、独自で収入を得る手段として民間の飛行船運航会社を子会社として設立しました。それがDELAGです。DELAGの創設メンバーの一人フーゴーエッケナーはLZ8の船長を務め後にLZ127の船長も務める優秀な技術者でありました。飛行船の操舵は気象に大きく左右されることが多く経験豊富なエッケナーが船長を務めることによってLZ127は多くの記録を残すことになります。
こうして大西洋を渡ったLZ127は、民間国際航路の開拓に成功しました。
ジャーナリストが乗船していたこともありこの報は世界に流布され旅客飛行船時代の幕開けを伝えました。
LZ127は「空の豪華客船」として世界が知るところとなります。
こうして大西洋を渡ったLZ127は、民間国際航路の開拓に成功しました。
ジャーナリストが乗船していたこともありこの報は世界に流布され旅客飛行船時代の幕開けを伝えました。
LZ127は「空の豪華客船」として世界が知るところとなります。
船体のトラスが張り終わりました。だいぶ密度が上がったと思います。
この後はいつものように外皮の支持体を入れていきます。
LZ127は試験飛行を経て大西洋横断飛行へと出航します。英国のR34や米国のZR3が既に成し遂げていたとはいえ、民間の旅客飛行船での太平洋横断は言わば冒険でありました。1928年10月11日に乗客20人と40人の船員たちと共に出航。途中、低気圧や暴風を何とか回避しながら10月14日米国レイクハースト海軍基地に無事到着しました。LZ127とエッケナーは米国民や政府より熱烈な歓迎を受けたそうです。
船体のトラスが張り終わりました。だいぶ密度が上がったと思います。
この後はいつものように外皮の支持体を入れていきます。
LZ127は試験飛行を経て大西洋横断飛行へと出航します。英国のR34や米国のZR3が既に成し遂げていたとはいえ、民間の旅客飛行船での太平洋横断は言わば冒険でありました。1928年10月11日に乗客20人と40人の船員たちと共に出航。途中、低気圧や暴風を何とか回避しながら10月14日米国レイクハースト海軍基地に無事到着しました。LZ127とエッケナーは米国民や政府より熱烈な歓迎を受けたそうです。
船体の工作はこの支持体を張って終わりになりますが、数が多いことと材料のカットに手間どってなかなか進みません。ここまでで1か月かかっています。
なんかいい手はないかなぁ?と考えますが「急がば回れ」ですネ。
LZ127の次なる冒険は「世界一周飛行」です。ツエッペリン社の資金不足は深刻で、この企画も出発するための資金が無く考え出されたのが「出資者を募る」ことでした。既にLZ127の名は世界の知るところでしたので米、独、日の新聞社が出資に名乗りをあげます。最多出資の米国の意見を取り入れレイクハースト基地が出発点とされました。
船体の工作はこの支持体を張って終わりになりますが、数が多いことと材料のカットに手間どってなかなか進みません。ここまでで1か月かかっています。
なんかいい手はないかなぁ?と考えますが「急がば回れ」ですネ。
LZ127の次なる冒険は「世界一周飛行」です。ツエッペリン社の資金不足は深刻で、この企画も出発するための資金が無く考え出されたのが「出資者を募る」ことでした。既にLZ127の名は世界の知るところでしたので米、独、日の新聞社が出資に名乗りをあげます。最多出資の米国の意見を取り入れレイクハースト基地が出発点とされました。
本来の目的、北極調査も空からの地形調査をはじめ新発見もありLZ127は空中基地として大活躍しました。
このように短期間で数々の冒険に旅立ち成功を収めたLZ127は、ツエッペリン社とDELAGの大黒柱としてドイツーブラジル間の定期便航路を開拓、就航します。
本来の目的、北極調査も空からの地形調査をはじめ新発見もありLZ127は空中基地として大活躍しました。
このように短期間で数々の冒険に旅立ち成功を収めたLZ127は、ツエッペリン社とDELAGの大黒柱としてドイツーブラジル間の定期便航路を開拓、就航します。
ナチスの鍵十字は、私の模型では禁忌としております。
LZ129を作らないのはそのためです。LZ127も後期型は作りたくありません。
ですが、今回、硬式飛行船の終焉をまとめてみて若干考え方が変わりました。
それはまた今後の課題として次作に反映できればと思います。
ナチスの鍵十字は、私の模型では禁忌としております。
LZ129を作らないのはそのためです。LZ127も後期型は作りたくありません。
ですが、今回、硬式飛行船の終焉をまとめてみて若干考え方が変わりました。
それはまた今後の課題として次作に反映できればと思います。
太平洋横断にはアリューシャン列島に沿って北米大陸に向かう航路が選ばれますが、飛行船は気象変化に敏感であり日本から北へ針路をとりますが低気圧の影響で一時南に流されます。
太平洋横断にはアリューシャン列島に沿って北米大陸に向かう航路が選ばれますが、飛行船は気象変化に敏感であり日本から北へ針路をとりますが低気圧の影響で一時南に流されます。
船体のトラスが組みあがったので外板の支持体を組んでいきます。
2㎜x0,5㎜のヒノキ棒を半分の1㎜幅にして組んでいきます。
LZ127の大西洋横断が成功した翌年、地中海を周回する飛行を行っております。ツエッペリン社ではLZ127に飛行船のアピールと資金調達のためのスポンサーを得るといった側面がありました。ドイツ政府は一次大戦以降、経済的な援助をツエッペリン社に対し行っておらず同社は資金難の状態が続いていました。そのため地中海の各国をまわり間接的にドイツ政府に圧力をかけて資金援助を得たいといった思惑があったようです。
船体のトラスが組みあがったので外板の支持体を組んでいきます。
2㎜x0,5㎜のヒノキ棒を半分の1㎜幅にして組んでいきます。
LZ127の大西洋横断が成功した翌年、地中海を周回する飛行を行っております。ツエッペリン社ではLZ127に飛行船のアピールと資金調達のためのスポンサーを得るといった側面がありました。ドイツ政府は一次大戦以降、経済的な援助をツエッペリン社に対し行っておらず同社は資金難の状態が続いていました。そのため地中海の各国をまわり間接的にドイツ政府に圧力をかけて資金援助を得たいといった思惑があったようです。
エッケナーはそういったナチスから距離を置いていたのですが、国と一体となったナチスからLZ127に鍵十字を描くことを要求されます。抗議を行うも妥協案として垂直安定板右側にドイツ帝国旗、左側に鍵十字を描くこととなります。
程なくエッケナーは要職から外されたことでLZ127、LZ129の垂直安定板には鍵十字が両側に描かれることになります。
LZ129はヘリウムを入手出来ないまま水素を充填され出航していきます。
エッケナーはそういったナチスから距離を置いていたのですが、国と一体となったナチスからLZ127に鍵十字を描くことを要求されます。抗議を行うも妥協案として垂直安定板右側にドイツ帝国旗、左側に鍵十字を描くこととなります。
程なくエッケナーは要職から外されたことでLZ127、LZ129の垂直安定板には鍵十字が両側に描かれることになります。
LZ129はヘリウムを入手出来ないまま水素を充填され出航していきます。
完成です。作業時間は、途中の中断時間を除くと2年半くらいです。
大きな飛行船の大きなモデルが欲しいと始めたものでしたが、思った以上の形になったなぁと満足しております。
このような機会をお許しいただいたエアロベース様に改めて感謝申しあげます。
このモデルを仕上げるまでに様々なノウハウや考え方が身に付き、とても良い勉強になりました。
1000㎜オーバーの作品は現在LZ127とLZ4の2艇ですのでそろそろ新作を用意したいなぁと思っております。
ツリーにもうちょっと写真をあげておきます。
完成です。作業時間は、途中の中断時間を除くと2年半くらいです。
大きな飛行船の大きなモデルが欲しいと始めたものでしたが、思った以上の形になったなぁと満足しております。
このような機会をお許しいただいたエアロベース様に改めて感謝申しあげます。
このモデルを仕上げるまでに様々なノウハウや考え方が身に付き、とても良い勉強になりました。
1000㎜オーバーの作品は現在LZ127とLZ4の2艇ですのでそろそろ新作を用意したいなぁと思っております。
ツリーにもうちょっと写真をあげておきます。
外板の支持体は船体を1周しましたのでここから折り返してXに組んでいきます。これがまた結構時間がかかるんですよネ。
LZ127は太平洋を横断しカナダ沿岸よりアメリカ西海岸を南下、サンフランシスコを目指します。サンフランシスコ上空では市民の大歓迎を受けゴールデンゲートブリッジを通過して更に南の係留地ロサンゼルスへ向かいます。
ロサンゼルス基地には8月26日の早朝に着陸しています。
ロサンゼルス上空で寒暖差により下降の際、想定以上の浮遊ガスを放出することになりました。
外板の支持体は船体を1周しましたのでここから折り返してXに組んでいきます。これがまた結構時間がかかるんですよネ。
LZ127は太平洋を横断しカナダ沿岸よりアメリカ西海岸を南下、サンフランシスコを目指します。サンフランシスコ上空では市民の大歓迎を受けゴールデンゲートブリッジを通過して更に南の係留地ロサンゼルスへ向かいます。
ロサンゼルス基地には8月26日の早朝に着陸しています。
ロサンゼルス上空で寒暖差により下降の際、想定以上の浮遊ガスを放出することになりました。
リングの接着剤が乾いたので仮組みしてみます。
「組めるんかなぁ?」と不安に思っていましたが、あっさり組めました。
きちんと型紙どおりにパーツを仕上げれば組み立ては難しいことはないなと安心しました。
LZ127は前期型と後期型とがありまして、わかりやすい外観の差は後部垂直安定板下段に膨らみがあるか否かです。後期の機体は膨らみが追加されておりエアロベースのキットはこちらをモデライズしております。
リングの接着剤が乾いたので仮組みしてみます。
「組めるんかなぁ?」と不安に思っていましたが、あっさり組めました。
きちんと型紙どおりにパーツを仕上げれば組み立ては難しいことはないなと安心しました。
LZ127は前期型と後期型とがありまして、わかりやすい外観の差は後部垂直安定板下段に膨らみがあるか否かです。後期の機体は膨らみが追加されておりエアロベースのキットはこちらをモデライズしております。
残る工作もわずかになってきました。ゴンドラとスタンド、厄介なノーズ付近のアールがついたトラス材です。作品展がすぐ間近となってきており急いで仕上げたように覚えております。
LZ129の事故はツエッペリンとDELAGが積み上げた実績と信頼を一瞬で瓦解させる事件でした。LZ127は飛行できず格納庫で内覧会を開くことにより多くの見物客が押し寄せたとはいえ忸怩たる思いであったと想像できます。
そんな中、LZ130に希望を託し再び活動を始めます。
残る工作もわずかになってきました。ゴンドラとスタンド、厄介なノーズ付近のアールがついたトラス材です。作品展がすぐ間近となってきており急いで仕上げたように覚えております。
LZ129の事故はツエッペリンとDELAGが積み上げた実績と信頼を一瞬で瓦解させる事件でした。LZ127は飛行できず格納庫で内覧会を開くことにより多くの見物客が押し寄せたとはいえ忸怩たる思いであったと想像できます。
そんな中、LZ130に希望を託し再び活動を始めます。