サドギ
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サドギ
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そして修行とは、自己や目の前にある物は何ら実体を持たない空であり、行為の中で生成してくる相互依存的な存在であることを行為の中で表現(現成)させることなのであるから、それがそのまま悟りなのである。修行は空を認識させ、空を認識することは修行である
June 30, 2026 at 12:27 PM
何が性自認=男の条件を成すのか?
June 30, 2026 at 12:10 PM
自分が男であることを自然に、あるいは無反省的に受け入れているが、自分が自覚的に反省的に男であるかどうかと問うと途端に理解不能に陥る。性とは何か?
June 30, 2026 at 12:10 PM
アガンベンもまた、あらゆる具体的な存在者の裏側に、秘密の本質や「存在そのもの」など無いことを暴くことによって、存在者が取り替えしようもつかなくただ存在していることを肯定しようとしていた。
『光背』において、彼は龍樹の中論を引いて「涅槃と現世の間にはごくわずかな違いも存在しない」と語っている
June 29, 2026 at 3:12 PM
ヴィトゲンシュタインは『哲学探究』において、言葉に惑わされて形而上学という水底へと沈んだ者が、再び水面に上り日常的な言語使用を取り戻す運動を哲学と定義していた。潜航の前と後では行われる言語活動に全く違いはない。しかし、後者における言語活動には何か後光のようなものが指しているであろう。
June 29, 2026 at 3:12 PM
「事物の本質」のようなものも、言語の側に属するフィルターを、事物の側にあるものと誤解しているに過ぎない
June 29, 2026 at 10:43 AM
そこからさらに「空即是色」といって戻ってくるのも重要だと思う。実体がないこと、つまり縁起的に生起してくることと存在の全てとは一致しており、それ以外ではないのだと。
June 29, 2026 at 10:38 AM