映画と小説とで、違いが印象的だったのは、美令と和真が、二度目の偶然の遭遇で、名乗り合うシーン。原作では、和真が名刺を渡し、美令が名を教える。それを敢えて「平和の和に、真実の真」「美しいに、命令の令」と、字を教え合う映画。私は、美令の令は、本当は「法令の令」なのだと感じた。真実をもとめる和真と、自分のうちに沿うべきルールを持っている美令。その二人の織る物語としての映画版だったのだと思った。
#青空読書部
#読書記録
役どころではなく、役者さんご自身が印象的だったのは、第一部の巳之助さんと、第三部の勘九郎さん。どちらも、身体での表現がおもしろかった。
役どころではなく、役者さんご自身が印象的だったのは、第一部の巳之助さんと、第三部の勘九郎さん。どちらも、身体での表現がおもしろかった。
その点は今回も変わらず。なので、「おもしろかった!」とシンプルに言うことができない。
ただ、新作のスーパー歌舞伎ゆえ、四代目とくらべることなく見られることに、少し安心していた。それでも、宙乗りの場面はやはり…。
團子ちゃんのアシタカは、はまり役だったと思う。
その点は今回も変わらず。なので、「おもしろかった!」とシンプルに言うことができない。
ただ、新作のスーパー歌舞伎ゆえ、四代目とくらべることなく見られることに、少し安心していた。それでも、宙乗りの場面はやはり…。
團子ちゃんのアシタカは、はまり役だったと思う。
買う時には、少し悩んだ。安価なものではない。だからおそらく、もったいなくて何も書けない。使っていないメモ用紙やレターセットをたくさんかかえているくせに、このうえまだ…と、自分を抑えようと思った。
が、ふと、「これは本だから」と囁かれた気がした。
そうだ、本だ。開けば何も書かれていないノートでも、開かなければそれは、何が書かれているか未だわからない本だ。しかも、内容がわからないということは、あらゆる物語が綴られている可能性があるということ。
それならば、躊躇う必要はない。
この「本」を手に納め、表紙を見ながら、綴られた物語を想像しよう。
買う時には、少し悩んだ。安価なものではない。だからおそらく、もったいなくて何も書けない。使っていないメモ用紙やレターセットをたくさんかかえているくせに、このうえまだ…と、自分を抑えようと思った。
が、ふと、「これは本だから」と囁かれた気がした。
そうだ、本だ。開けば何も書かれていないノートでも、開かなければそれは、何が書かれているか未だわからない本だ。しかも、内容がわからないということは、あらゆる物語が綴られている可能性があるということ。
それならば、躊躇う必要はない。
この「本」を手に納め、表紙を見ながら、綴られた物語を想像しよう。